この本の最大の難関は、人名だ。
探偵さんとその助手達の名前はまだいい。
それぞれに個性的な名前がついているし、印象的なアダ名がついた助手もいる。区別しやすい。
問題は、容疑者と被害者とその周辺の人々の名前だ。
男性はほとんどがリチャードとエドワードだ。たまにジョージとかジョンとかヘンリーが出てくる。
女性はエリザベスだ。
つまりこういうことだ。
第一容疑者はリチャード。
その兄はエドワード、父リチャード、祖父リチャード、息子エドワード、甥エドワードとエドワードとリチャード。
被害者はエドワードとリチャード。・・・どのエドワードでどのリチャードかわからないだろう、ふふふ・・・大丈夫。
本の中では、被害者は固有名詞では呼ばれない。「二人の子供」「二人の少年」「二人の王子」などと呼ばれるので、彼らの固有名詞がエドワードとリチャードだということは忘れてもかまわない。
さて、人名の問題にはべつの側面がある。
このエドワード達とリチャード達とジョージその他には、お殿様名があるのだ。ヨーク公とか、ウォーリック伯とか、クラレンス公とかいう、かっこいいやつ。
ある登場人物(とあるリチャード)のことを、作者は「ウォーリック伯」と書いている。
リチャードと書いたら読者が混乱すると考えたのかもしれぬ。すでに混乱し始めていた読者にとっては、ありがたい。
読み進むうちにまたウォーリック伯が出てくる。ところが、つじつまが合わない。
(ウォーリック伯ってこんなに若かったっけ?) と首をかしげる。
…なんと、いつのまにか従兄弟の息子(とあるエドワード)がウォーリック伯を継いでいたのだ。せめて本人の息子ならわかりやすいものを。(よくよく系図を見たら、本人の孫であった)
薔薇戦争に関する知識もなく、シェイクスピアの「リチャード3世」を読んだこともない状態でこの作品を読んだ。
驚きは少なかったかもしれないが、素直に、リチャード3世の人柄に好感をもった。
強者の側が、声の大きい側が、都合良く書き変える歴史というもの。何千年の昔からそうだ。
だが、小さな文字でひっそりと生き残っている記録もある。それを丁寧に掘り起こしてもらいたいと思う、歴史に携わる方々には。