その場面を映像で観たい、と思った。
おそらく呟きにちかい声だ。力のない声だ。
だが、雑然とし様々な物音や人声が入り混じるなかで、主人公の耳をつかまえ振り向かせるほどのふしぎな力をもった声だ。
その声を聞いてみたい。
その声を発した人物は、どんな気持ちでその名を呼んだのだろうな。あの状況で。
その声を通して心を聞いてみたい。
音が、ずっとこの小説世界を支配している。たんなる音じゃない、スウィングする音、グルーヴする音、ビート音、
ピアノがかき鳴らされる音、精巧とはいえないラジオから出てくる音、蓄音機から出てくる音、
警報音、砲弾が建物を破壊する音、爆風に屋根が共振する音、
音に酔いそうな気さえする。
ナチス政権下のハンブルクで、ジャズを抱えて生きていたようなそれともジャズを道連れに生きのびあるいは死んでいったようなスウィングボーイズ。
ナチスの愚かさを笑い、ナチスの愚劣さに痛めつけられ、抗わず従わず。ただ音楽のもたらす自由にのみ仕える彼ら。
金銭と嘘と欲望にまみれているスウィングボーイズ。
透明感に満ちている。澄んでいる。彼らの音楽だけは嘘じゃないからだ、生命そのものだからだ。