2011-11-24

L'ultimo bacio / Tosti

「最後の口づけ」と訳されるのだが、語感がちょっと重々しく感じられるときもある。「最後のキス」のほうが合うように感じたりもする。

湖みたいな曲だなと思う。
ひたひたと連なる和音は、湖岸の永遠に寄せては返すやわらかい波音に似ている。
そして深い想い。目の前から消えてしまった人への。
どこへも流れて行かない。いつまでも心を満たしている。ゆたかな水が湖を満たしているように。

失った人を想い続ける心を、痛みとか淋しさとか後悔とか幸福感とか諸々全てを、優しくやわらかく包容しているようだ。


2011-11-13

リアル / 井上雄彦

この作品を絶賛する人は日本中に溢れているので、ここで絶賛の一言を付け加える必要はない気もする。が、書きたいので書いておこう。

この作品に出会ってから今まで、野宮という男にどれほど励まされてきたことだろう。
いや、そんなに頻繁に励まされてはいない。一年に一回、新刊のページをめくって、ついでに話を思い出すために既刊のページをめくる時だけなのだが。
それでも野宮に再会するたび、諦めない強さと、現実を受けとめる逞しさに、励まされた。
不屈という言葉が人の姿をとったら野宮になりそうだ。

そして高橋の、喪失と絶望の後、立ち上がろうとする姿にも。
高橋に関わる人々が、自分の存在そのものをメッセージとして高橋に何かを送っている。それを受け取ることのできる高橋の心の柔らかさに、希望を見た。
絶望しても、失っても、心が凍ったように見えても、他者の想いを受け取ることはできるんだ。
消え果てたように見えても、起き上がる力はまた芽生えてくるんだ。

リアル第11巻に出てくる  「絶望とは何だ」 問いと、その答え。
たくさんの人に味わってもらいたいと思うシーンだ。

2011-11-06

一杯の珈琲から / E.ケストナー

原題は DER KLEINE GRENZVERKEHR 「小さな国境往来」
ケストナーの作品には楽しい前書きがよくあるが、この作品の前書きもおもしろい。前書きだけで三つもある。

ドイツの青年が、やっかいな法律のせいで無一文の状態になってザルツブルグへ行き、きれいな娘さんにコーヒーをご馳走になったら・・・どうなったか? もちろん恋が始まった。
ところが・・・ という話。

モーツァルトのオペラ・ブッファが好きな人ならきっと楽しめる。伯爵とか女中とか、こっそり隠れるとか変装とか、モーツァルト・オペラを思わせる人物や仕掛けがちりばめられている。

別の面から見れば、この物語の主人公はザルツブルグという街だ。
ザルツブルグへ旅したとき、直前にこの本を読んでいたのだった。読んだとおりの姿の街が、文字から想像した以上の風情で現れて、あの街が好きになったのだった。

この本を読む時は、かたわらにコーヒーとモーツァルト・クーゲルがあると良いな。