2012-12-28

平清盛 by NHK (三たび)

大河ドラマ『平清盛』の最終回放映が終わった。
まず(私的な)結論を。

〈『平清盛』は大河ドラマ史におけるロックの誕生だ。〉

この『平清盛』が映画だったなら、驚きは少なかっただろう。
深夜ドラマだったなら、感心しただろう。
日曜20時の大河ドラマという、伝統を誇る枠の中で生み出された作品であるということに、感嘆する。
断崖をスキー板だけで滑り降りるような、非常に勇気ある挑戦だったのではなかろうか。スタッフにとっては。

どの場面の表情も、台詞も、今見え聞こえている以上のものを奥に隠し持っているようで、一瞬も画面から目を離せなかった。台詞を聞き漏らすわけにいかなかった。
(そして実際に、台詞はその物語の未来においてもっと深い意味を持った。はるか後の場面でそれが明らかになるのだ)
視聴者にこれほど集中力を求める大河ドラマが過去にあったか?


撮影スタッフが可能性にとことん挑んでいることが察せられる、攻めのカメラワーク。
素晴らしい絵画を思わせる照明。
豊饒な音楽。美味なご馳走のようだった。
千年ちかい昔の社会が、今そこにあるかのように存在していた。猥雑で、いかにも疫病が発生しそうな空気。物の怪が現れてもおかしくなさそうな、目に見えないものを怖じ畏れる人々の佇まい。

何よりも、清盛という、過去数百年を悪役としてしか認識されてこなかった人物を、悪役でない一人の人間として前からも後ろからも内からも外からも描き尽くした。魅力も功績も優しさも野望も、権力に溺れ闇に呑みこまれる姿も、闇から立ち上がる姿も。
そして歴史の醍醐味を最終回に味わわせてくれた。長射程で世界を眺める感覚。時間のなかで人の力が連なるのを俯瞰する感覚。

スタッフも役者も攻めていた。今までに築いてきた何かを守ろうとする姿勢は感じられなかった。

連想する。
クロード・モネが「印象・日の出」を世に出した時、どれほど馬鹿にされたか。
エルヴィス・プレスリーがロックンロールを歌い踊った時、どれほど叩かれたか。
そして、それまで美術や音楽に興味のなかった人々がどれほど熱狂的に支持したか。

『平清盛』が現在の日本で、大半の人々から貶されていること、少数派のファンからは非常に愛されていること、を考えると。

〈『平清盛』は大河ドラマ史におけるロックの誕生だ。〉

と思うのだ。


一方で、けっして批判的ではなく、できれば見続けたかった人々もいる。
とある友人。歴史に興味なかったが一昨年の『龍馬伝』にはまり、昨年の『江』も観た。
その人は
「『平清盛』はだんだん見なくなった。平安時代は難しい。わからなくて」
と言っていた。
この友人のためには、人物の関係の複雑さ・社会階層の関係の複雑さ・当時の文化レベル・当時の常識、等について分かり易い説明があれば良かったのかもしれない。
このあたりは、今後、戦国以前のドラマが制作される時に、フィードバックして改善されていたら良いなあ。



余談:
深田恭子という俳優さん。今までは「凄い美人だけど演技はイマイチかなあ」と思っていたが、『平清盛』の一年間で、時子の約50年間をみごとに生きてみせてくれた。
最期の場面。
「海の底にも都はござりましょう」
ため息のようでありながら決然と。温かさと慈愛にみちた声で。胸に残る場面だ。

つい先日、買物でレジ待ちしていた時、ふいにこの時子の声が耳によみがえり、いきなり涙ぐんでしまった。レジのおねえさんはさぞ不審に思ったことだろう・・・


 


2012-12-09

この愛がある

知人に、さまざまなボランティア活動に関わっている人がいる。穏やかで優しいおばあちゃん、という雰囲気の人だ。Aさん、としておく。
そのAさんから聞いた話。


 ・ ・ ・ ・ ・

地域で子ども達を見守っているグループがある。Aさんはそのグループにも少し関わっている。
ある時、そのグループから一日限りの子守りを頼まれた。
親に所用があって、その日は子どもの面倒をみることができず、他に子守りの可能な人がいないので、「その日だけ、どうかお願いします」とのことだった。

6歳、4歳、2歳、の三人兄弟だった。
Aさんは子ども達とおしゃべりしたり、遊んだりした。うちとけてきた。
6歳の子が言った。
「お母さんがぼくを殴るの」


Aさんは、お母さんが大きなストレスを受けていて、そのストレスを発散することができず、子どもに当たってしまう、という印象を受けた。
そのお母さんは、地域の子ども支援グループに関わりを持っているくらいだから、子育てに無関心ではないだろう。むしろ熱心かもしれない。
体罰が良くないとは知っているだろう。
それなのに殴るということは、それほどやり場のないストレスが、お母さんを蝕んでいるということだ。


そして6歳の子どもはこう言った。
「殴らせてあげるんだ」

 ・ ・ ・ ・ ・


こんなに大きな、かぎりない愛を、子どもは親にそそいでいる。

自分を止められずに我が子を殴ってしまう親たち。
そんな自分を良いとは思っていないだろう。自己嫌悪でいっぱいかもしれない。苦しみの中で溺れているような感じかもしれない。
「誰か助けて!」という叫びで心の中はあふれているかもしれない。

あなたを、あなたの子どもが救おうとしているよ。
あなたが落ちている所へいっしょに落ちて、なおかつ引き上げようとしてくれているよ。

それほど深く愛されていることに、どうかあなたが気づきますように。