2026-08-16

【ご報告とお礼】8月15日スタンディング

 8月15日 終戦の日、17:30~18:00 のスタンディングは無事終えることができました。

今回は一人での企画で、[行きます]ボタンの人数も少なかったので心細さを感じなくもありませんでしたが、現地へ向かってみるとすでに大きな横断幕「憲法9条」を持つかたがおられました。

行き着く前に赤信号で止まり、その赤信号が長くて手持無沙汰だったため、プラカードを取り出して掲げながら横断歩道を渡ってみました(各地でやっておられる交差点デモをちょっと真似ました)

総勢5人でのスタンディングとなりました。


お盆期間中は帰省してくる車の増える土地柄なのですが、お盆最終日とあって大半の車はもう戻られたのか、ふだんの土日夕方と変わらない交通量でした。

今回も車の中からこちらを見てくださるかたが多くおられました。

ただ初回第2回と比べると、見てくださるかたが減った気がします。

もの珍しさが薄れたのか、アピール力が弱かったのか、、課題でしょうか。


一緒に立ってくださった皆様、

プラカードを見てくださったかた、

通り過ぎながら会釈してくださったかた、

ありがとうございました。

2026-08-10

【告知】8月15日スタンディング

 

終戦の日、スタンディングします。


 日時 8月15日(土)17:30~18:00

 場所 浜田市役所向い


サイレントです。

ぼっち予定ですが一緒に立ってくださるかた歓迎します。


これからも戦後でいたい

新しい戦前にはしない


 ※原則として、参加者の個人情報・連絡先は尋ねない、言わない

2026-07-19

【ご報告とお礼】平和をねがうスタンディング

 7月19日、17:30 少し前から始まったスタンディング・デモは 18:00 に無事終了しました。

蒸し暑いなか、前回より1人増えて総勢10人でのスタンディングとなりました。


今回はデモやスタンディングに慣れておられる方が何人もおられました。

サイレント・スタンディングとはいえ車や通行人へのアピールの仕方が巧みで、勉強になりました。


そのおかげか、車の中から手を振ってくださるドライバーさんが前回より多かった気がします。日曜なので前回(平日)より通行量は減っていたのですが。


また、通り過ぎる際に会釈してくださる歩行者や自転車のかたもおられました。

もしも共感か、そこまでいかなくても関心を持ってくださったのだとしたら、ありがたいなと思います。


暑いなかを一緒に立ってくださった皆様、

車の中から/自転車に乗って/歩きながら、プラカードを見てくださった皆様、

ありがとうございました。


2026-07-13

【告知】平和をねがうスタンディング

 スタンディング・デモします。


 日時:7月19日(日)17:30~18:00

 場所:浜田市役所向かい


サイレントです。

プラカード持って立ちます。

途中だけ参加、手ぶら、歓迎です!



自由を抑え監視を強める法案が次々と可決され、わたしたちはどこへ向かってる?

好きなことを好きなように楽しんでいられる社会であってほしい

戦争準備も戦争協力も戦争黙認もしたくない


 ※原則として、参加者の個人情報・連絡先は尋ねない。言わない。

2026-07-10

【ご報告とお礼】めちゃくちゃな政治に抗議0710スタンディング

 7月10日(金)17:30~18:00、浜田市役所向かいでのスタンディング・デモはトラブルもなく無事に終えることができました。

総勢9人でのスタンディングとなりました。

最初は知人と2人で立つつもりで「誰か一人でも参加してくれたらありがたいな」とデモカレンダーに掲載していただいたのですが、

[行きます]ボタンの人数が少しずつ増えました。


そして当日、主催者が現地到着した時にはすでに皆さん、色も大きさも文言もさまざまなプラカードを手に立っておられました! 主催者がいちばん遅かった…(所用が予定より長引いたため)


交通量の多い幹線道路で、時間帯も夕方のラッシュ。たくさんの車が目の前を通り過ぎました。

驚いたのは、走り過ぎる車も信号待ちの車も、中の皆さんがプラカードをじっと見ておられたことです。

ちょっとスピード落としながら見ていかれるドライバーさん。

信号待ちしながら窓を開けて激励してくださるドライバーさん。

助手席の窓に顔をくっつけんばかりにこちらを見ておられた小学生さん。


この地域ではデモもスタンディングもめったに無いので、皆さん「あれは何だ!?」と珍しかったのかも。

このスタンディングが、通り過ぎた方々の「日常」という水面に投げ込まれた小石になれていれば良いのですが。

小さな波紋、小さな引っ掛かり、が見て下さった方々のうちの数人でも一人でも、心に残ってくれたらいいな…と思います。


一緒に立って下さった皆様、

車の中からプラカードを見て下さった皆様、

歩きながらチラッと見て下さった皆様、

ありがとうございました。

2026-07-05

【告知】めちゃくちゃな政治に抗議0710スタンディング

 スタンディング・デモします。


 日時 2026年7月10日(金)17:30 ~ 18:00

 場所 家庭裁判所浜田支部 前(浜田市役所の向い)


サイレントです。

プラカード持って立ちます。

飛び入り、途中参加、手ぶら、歓迎です!


物価高、災害、石油不足、、、暮らしの苦しさを後回しにして、

政府は猛スピードで何を…?


民主主義を壊されたくない。

平和の国であり続けたい。

2026-05-06

【ご報告とお礼】スタンディング・デモ

5月6日、益田駅前で14:30~15:00のスタンディング・デモは無事に行うことができました。

ぼっちでもがんばろう!と気合い入れて駅前に立ってすぐ、一緒に立って下さるかたが現れました。他県にいるご家族がデモカレンダーをご覧になり、それで知って来て下さいました。

車から降りてきて「これから他県へ帰るので一緒に立てませんが、がんばって下さい」と差し入れを下さったかたもありました。

それからもうお一人来て下さいました。おしゃれでかっこいいプラカードをお持ちでした。

通り過ぎる方々はこちらを見ないかたがほとんどでしたが、ちらっと見るかたもありました。

三人でいろいろなことをお話しているうちに時間となりました。

解散しようとしているとき、少し前に通り過ぎたかたがまた通られ、話しかけてこられました。駅のバリアフリーの足りなさについて嘆かれました。社会の中の生きにくさについて思うことを、わたしたちとなら共有できるのではないかと思って話しかけて下さったのかもしれません。

わたし自身はそのお話にうなずくことしかできませんでしたが、一緒に立って下さってたかたは、問題点を明確にしながら力強い助言をなさっていて、凄いなあ~とリスペクトしかありませんでした。


一緒に立って下さったかた、差し入れを下さったかた、話しかけて下さったかた、プラカードを見て下さったかた、ありがとうございました。


自分と同じように日本国憲法を大切に思う人がいるというのは心強いものでした。

プラカードを掲げて立っている間、憲法に支えられているような気持ちでした。


関わって下さった皆様、ありがとうございました。


2026-04-29

【告知】スタンディング・デモ

 

改憲反対のサイレント・スタンディングをします。


日時:2026年5月6日(水) 14:30~15:00

場所:益田駅前


プラカードもって立ちます。

ぼっちスタンディングなので、淋しくなったら小声で憲法を読み上げるかもしれません。


失いたくない 選挙制度

失いたくない 民主主義

失いたくない 人権


 ・・・ 日本が世界から信用されるのは、戦争しない国だから ・・・


2018-03-02

落照の獄 / 小野不由美

『丕緒の鳥』所収の短編。

     ・ ・ ・ ・ ・

社会のなかで、とりわけ法治国家のなかで、
死刑の本質は何か。
死刑はどんな意味をもつか。


この問いへの答えを追求することで、この短編はできている。
ファンタジー小説《十二国記》シリーズの一作品だが、ファンタジー世界を描く側面は弱い。どちらかといえば哲学的な思考実験小説と呼びたいくらいだ。

主人公は司刑だ。そういう役職の人物だ。司法という役職の下で容疑者の刑を決定する役目らしい。

この話の軸となる人物がいる。殺人犯だ。たくさんの人を特に意味もなく殺してきた凶悪犯、言動からは罪の意識も良心もまったく見えないらしい。
副主人公は国民だ。 「この凶悪犯を死刑(作中では「殺刑」という語が用いられている)にしろ」 と圧倒的な声量で司法に要求する人々だ。主人公の妻が、この国民を代表する役割をになって「アイツを死刑にしろ」と主張し続けている。
さらにラスボスがいる。姿は見せない。かつては大ボスだったが、今はこの国に不吉な混乱をもたらし司刑たちを悩ませる元凶だ。国王だ。

このかつての大ボスが「死刑禁止」と決めていたのだった。
だのに、凶悪犯が登場した今、国王は「死刑でも終身刑でもどっちでもいい、もうどうでもいい、司法に任せた」と投げ出したので、司刑と同僚たちが悩んでいるのだ。

二人の同僚は、死刑賛成と死刑反対の立場でディベートを繰り返す。
司刑はそれを聞き、時には自らも議論に加わり、最終的な判断を下さねばならない。

この三人の議論と、主人公の悩む心情とが、この短編を構成している。

この作品の凄さは、議論が遅々として進まないことだ。
答えに向かって一直線に滑降したりしない。
ぐるぐると堂々巡りしているように見える、が、堂々巡りではない。ぐるぐる螺旋を描きながら一歩ずつというより半歩ずつ、慎重に、足が地から離れないように確かめながら、答えに向かって進む。それがどんな答えかはわからないまま。


社会が投げかけてくる問いには、そういう慎重さで答えに向かうべきではないか、と思えてくる。

ある時点で「これが正しい」と思えた答えだって後になってみれば「あの時、国は間違えたんだ」とわかることなんて歴史上ではしょっちゅうだ。
だから「これが正しい」と声高に主張ばかりして説得する議論を尽くさない人を見ると、それが行政や立法を運営する立場の人であればあるほど、危うく見える。

考えてみればこのシリーズは、「一足飛びに答えを求めるな」精神で貫かれている。
『図南の翼』のなかでははっきりと「(答えにたどりつく努力をせず)答えだけを訊くこと」は却下されていた。
遅々として進まない議論をメインに構成した作者の勇気。
冒険物語を期待する読者層からの批判は予想されたと思うが、よく書いてくれて世の中へ投げ込んでくれたなあとおもう。

先に答えを決めてしまってそれに向かって滑降するなよ。
議論を尽くそう。



そしてこの作品のファンタジーとしての側面を見れば、他の作品でちらちらと仄めかされてきた十二国世界の根幹に関わりそうな謎が、ここでもやはり顔を出している。
柳で何が起きているのか、劉王に何が起きたのか。
この一点において、この短編は『黄昏の岸暁の天』と地下茎でつながっているようだ。

……戴の反乱者たちの不可解さは、劉王の不可解さと同根ではないのか?

そんな疑問がわく。
十二国世界の奥にある謎は何なのだろう。いつ、明かされるのだろう。
楽しみな・・・



2017-06-17

『おんな城主 直虎』は同時代性を持っているという話

大河ドラマは伝統芸能ではない。
公共放送が《毎年》大予算使い大宣伝して《新作を》出すドラマ枠。ということは、何を描いているのであれ「今」を映し出す作品だ。
同時代性を持つべきものだ。過去の表現をなぞり受け継ぐ種類のものではない。
その意味で、今年の大河ドラマは非常に大河ドラマだなと感じる。



第21回。
主人公が静かに言う「われもそなたも、人は皆、等しく卑しい」

生きることは簡単じゃない。生き延びるために人は他者から奪う。あるいは他者を引きずり落とす。卑しくなる。
これ、昔も今も変わらない真理だ。
だが奪い合わねば生きていけない状況のままで良いのか、と主人公は問いかける。
世を変えたい、と。
それに対して盗賊は「世!?」と呆れ顔で驚く。それはそうだ、人間一人の意欲で世の中を変えられはしないものな。
だが主人公は「やってみねばわからない」と高らかに言う。

諦める空気の強い、今の日本。
その閉塞感を吹き払う風が画面から吹いてくるようだ。



第22回。
まさに今、世界がぶち当たっている問題。
異質な考え方や文化を持つ集団どうしが出会う。ぶつかる。相手を嫌う。拒絶する。排除しようとする。
受容と排他。寛容と非寛容。

「相手を見ようとしないから怖れが生まれ、誤解が生まれる」そうだな、そこから憎しみまではほんの一歩だ。
「互いに近づいて相手をちゃんと見れば誤解は解けるのに」

集団でなくても、個人のレベルでも。
対話してなかなか話がかみ合わず、「あの人、めんどくさい。話ができない」と判定した相手へは、もう関わろうとしなくなる。
めんどくささを避け、その相手とは距離を取り、自分の平穏を保とうとする。

それで良いのか? と問いかけられる気がする。
相手を知ろうとし関わろうとする姿勢を手放してしまったら、社会は成り立たなくなるよ? と。



第23回。
ドラマとしては濡れ衣を晴らす話(活劇風味)だが、テーマは「濡れ衣を晴らそう」というものではないようだ。
テーマの一つは「上司の仕事は部下を信じることと責任を取ることです」かな。
もう一つは、こちらのほうがより重みをもって描かれていた、「職業の選択」。

安定した、しかし心に封じて我慢しなければならない事の多い生活か。
自由な、しかし経済的にも身分・立場的にも不安定な生活か。

社会のなかで生きる人間にとって心揺れる二択。
大半の人は前者を選び、だから社会は安定する。
だが後者を選ぶ人がいてこそ、社会は活性化し、多様性が保たれ、強靭になる。安定した社会は衰退へ向かうしかないから。
後者を選んだ登場人物の開放感、彼が今後ドラマにもたらすだろうダイナミズム。想像するとわくわくする。



深い。深いよ『おんな城主 直虎』。観る者の持ってる文脈や感性で、どのようにも読み取ることができる。
自分は同時代性を読み取った。べつの人はべつの見方をするんだろう。

さて来週はどうなるのか。