2014-11-30

図南の翼 / 小野不由美

十二国記シリーズの五作目…だと思うが、作中時代順にいえばかなり早い時代のはず。

男性作家が多く描く「健気な少女」がきもちわるい。そんな奴いねーよと思うし、そんなキャラクターに憧れたりもてはやしたりする人々が多い世の中も、きもちわるい。
『図南の翼』の珠晶はそんな「健気な少女」じゃないので、心落ち着いて読める。

十二国記シリーズに登場する少女達は、爽快な読後感を残してくれる。
中でも抜きん出て爽快さを感じたのはこの本を読み終えたとき。

珠晶が健気な行ないをしないわけではない。が、「健気」というものに含まれがちな悲壮さや自己犠牲的な雰囲気は、珠晶にはほとんどない。
たとえば、見捨てられた人々のために砂漠を一人駆け戻るシーン。悲壮さよりも、どちらかといえばワガママに属する感じだ。もし危険なことが起きて死んだら自業自得になっちゃうね、と言いたくなるような。
でもそのシーンの、「よくぞ駆け戻ってくれた!」と拍手したくなる清々しさ。

インターネット上で見かけたある映像を思い出す。

おそらく英語圏で撮影された映像。
「女の子らしい走り方をして見せてください」
とさまざまな年齢の男女に頼んでいた。
すると、十代後半以上の年齢の男女はみな、足をやや内股ぎみにし、肘を体に引き付け、くねくねっぽい動きで、あまり速くなく走った。
本物の女の子たち、10歳前後の女の子たちはどう走ったか。
全力疾走をした。
足も手も最大の速さで最大の動きで、彼女の能力を惜しみなく余すところなく解き放つ走りが、彼女にとって女の子らしい走り。
女の子らしさとは、自分自身らしさ。

珠晶も「女の子らしく走ってくれ」と言われたら、全力で走るだろう。
自分の持ってるものを余すところなく使っているか、愚痴なんか言う前にやるべきことを全力でやっているか、と問いかけてくるようだ。
 



2014-08-28

Bogoroditsye Devo, Raduisya (from "Vespers") / Rachmaninoff

Vespersは「晩祷」あるいは「徹夜祷」と訳される。ロシア正教会におけるミサ曲、と捉えればいいのかな(その知識を持ってないため曖昧)
ラフマニノフが作曲した無伴奏の混声合唱による教会音楽。

その中の第6曲。聖母マリア讃歌、カトリック音楽でいえばアヴェ・マリアにあたるもの。
心を静めたい時、この響きを思い出す。
気持ちが乾いたように感じる時、この柔らかい霧雨のような響きに身をひたしたくなる。

できればロシアの、とほうもなく広大な地の、どーんと天井の高い大きな聖堂で聴いてみたい響き。
深く、重さ暗さの濃度が島国とはおそらく次元が違うのかもしれない空気の中で。

You Tube ではロシア国立シンフォニー・カペラの歌うものがあった。
ただもう美しい。

  https://www.youtube.com/watch?v=UPJ3wxBxjAo


国立ウクライナアカデミー合唱団‘ドゥムカ’の響きが個人的には好きだ。みずみずしく清らかで柔らかい。

2014-05-01

Im wunderschönen Monat Mai / Schumann

言わずと知れた、シューマンの歌曲集『詩人の恋』第一曲。
タイトルは「美しの五月に」「美しき五月に」「うるわしの五月に」等と訳されている。

胸キュンていうのは、瞬間的な痛みだ。一瞬キュッ…となって余韻は甘い。
それが頻繁に起きるのは、恋が始まってまもない頃。

胸キュンを音にしたのですねシューマン先生! と言いたくなる、この曲の第1小節。

ところが第一曲の時点ではまだ恋は始まっていない。
まだ主人公は胸キュンになっていない。

自覚してないけど、恋する準備はできている。
まわりの様々な部分が以前より少しあざやかに見え、以前は気づかなかった風の柔らかさに少し心動かされ。
今まで在ることも気づかなかった扉。開く準備はもうできている。


2014-04-13

とりかえっこ / さとうわきこ・二俣英五郎

絵がほのぼの愛らしい。なごむ~(´∀`)

ことばのリズム。
単純なくり返しになごむ~

あっさりしたオチ。なごむ~

地球上に絵本は何万冊もあるだろうが、その全部を見たわけでは全くないが、いつ読んでも気持ちをほんわ~とほぐしてくれるのはこの絵本。


2014-01-28

言葉が表わすものの不確かさについて

知人Aが言った
「私はけっこう料理するよ」
そこで食卓にはどんなものが並ぶのか、訊いてみた。

「ご飯は、一食分ずつパックされたレトルト。あれをレンジでチンする。
おかずは、トレーに盛り付けられた焼き肉セット、肉も野菜ももう切ってあるやつあるでしょ。ああいうのスーパーで買ってきて焼く。
味噌汁は、一食分ずつ小袋に入ったのを湯に溶かす。これ、粉末タイプはダメ。生タイプでないと」

  ・ ・ ・ ・ ・

知人Bが言った
「私は料理全然しない。超手抜き」
そこで食卓にはどんなものが並ぶのか、訊いてみた。

「野菜炒めとか茶碗蒸しぐらいしか、しない。
塩サバ買ってきて焼いたり。
ご飯は一日に二回炊く、朝と晩。昼は弁当だから炊かなくてすむ」

  ・ ・ ・ ・ ・

知人Aが考えてたのはきっと、カップめんや菓子パンで済ませる食事のことだろうな。
知人Bが考えてたのは、下ごしらえに何時間もかけたり、十数種類のスパイスを使ったり、まる一日以上かける煮込み料理だったり、炊飯器でなく鍋とコンロで炊くご飯だったり、だろうな。

他人が発した言葉を自分のイメージで受け取ってはいけないんだなあと、つくづく。

2014-01-23

天狗裁き / 桂米朝

落語が好きだ。上方落語が特に好きだ。米朝師匠の噺がとりわけ好きだ。
二十年ちかく前かな、米朝師匠の高座を初めて生で聞いた。あの時の笑い体験は、自分の人生すべてを振り返ってもちょっと比較できるものが無い。
自分の体が細胞とかそんなもので出来てるんじゃなく、「笑う」というただその行為だけで成り立ってるみたいだった。
その時の噺が『天狗裁き』

そう長い噺ではない。かなり単純な話だ。
だが経験の浅い噺家さんには演れないのではないか…

「間(ま)」というものがどんなに凄い芸か、あの時の米朝師匠から学んだ。
ただ黙って無表情に座っている姿が、どんなに可笑しいものか。
間の後の一瞬の咳払いがどんなに可笑しいものか。

You Tube でいくつか米朝師匠の天狗裁きが聞ける。

  http://www.youtube.com/watch?v=CqYoGa6mQRk
   これは冒頭に文字解説があり、わかりやすい。テンポがやや若い感じがするが。

  http://www.youtube.com/watch?v=Kpty8ZikfQk
  http://www.youtube.com/watch?v=wUmoNU_ZpJw
   これは自分の記憶にある「間」に近い。
   前半・後半に二分割されているのと、冒頭の枕が途中からになってるのが残念。

でもやはり映像は、生の空気とは違う…