2012-04-13

料理長が多すぎる / レックス・スタウト

グルメで、蘭の栽培に情熱を注いでいて、巨漢で、乗り物を絶対信用しない私立探偵、ネロ・ウルフ・シリーズの5作目。

6作目の「シーザーの埋葬」が一番好みだ。好みだけで言えば。
広々としているし。青空の下だし。お気に入りキャラ、リリー・ローワン初登場だし。
大動物が登場するし。大きな動物が威厳にみちてゆったりとそこにいる、という光景は、いいなあ。たとえ悲しい結末が後にやって来るとしても。

この「料理長が多すぎる」も、けっこう広々していて青空率高めだ。
いつもはニューヨークの家に閉じこもって絶対外出しないウルフが、南部の保養地へおいしい料理を食べにお出かけだ。シリーズ中でも非常に美味率の高い作品だろう。
だが何よりも、この作品で表現されている、自由とか尊厳といったもの、それらがこの作品を傑作にしている気がする。

これが書かれた1938年という時代、アメリカ合衆国で。
黒人の使用人に敬意を払い対等に話す、ということはどれほど驚くべき事だったのだろう?
ウルフはそれをする。民主主義者とおもわれるアーチーにさえ、おそらく無自覚な偏見と差別をベースにした言動が見られるのに。
たとえば17作目「黒い山」などを読んでもそうだが、作者スタウトの、自由と人権を尊重する強い意志を感じる。社会に流されない姿勢を感じる。

作中でイタリア人シェフが作ったサラダのドレッシングがとても美味しそうで、読むたび「こんど作ってみよ」と思う。が、まだ実行していない。
焼きたての、皮のパリッとしたパンが必要っぽいのだ。でもそんなおいしそうなパン買ったら、ドレッシングの材料にするより食べちゃうしねえ…