2013-03-09

清少納言のことを考える

中学生は
「はるわあけぼのよーよーしろくなりゆくやまぎわすこしあかりて(以下略)」
と暗唱させられる。
たぶん日本中の中学生がそうなのではないかと思う。

高校生になると、古文の先生は必ず教えてくださる。
紫式部の源氏物語は「あはれ」
清少納言の枕草子は「をかし」
の文学です。と。
また、清少納言の特長は鋭い感性であると。

専門家の方々がおっしゃることだから正しいのだと思う。異論はない。
しかし、ちょっと言いたいことがある…

清少納言の特長を「鋭い感性」とのみ教えていいのデスカ?
あの人の精神の本質は別のところにあるのではないデスカ?

『枕草子』第一段を見よ。
中学生の苦行に用いられるその部分。
春、夏、秋、冬、を清少納言は鋭い感性であざやかに描き出してゆく。
そしてその感覚を、
「をかし」≒イイ感じ  「あはれなり」≒グッとくる 
等の言葉で表現している。すばらしい。

しかし、春夏秋冬をそれらの言葉で讃えておいて、最後に締めくくった言葉は…
「わろし」≒ダメだ

美しい風景を列挙したあとの、締めの言葉が。「わろし」
これ、このダメ出し精神こそが清少納言。
をかしよりも、鋭い感性よりも、ダメ出し精神。これが清少納言。

と愚考するのですが。どうですかね…?